『輝ける闇』を読む(2)


輝ける闇 (新潮文庫)

輝ける闇 (新潮文庫)

 ひさしぶりに開高健さんの本『輝ける闇』のことを少し書いてみようかと、文庫本を開きました。いつものことですが、言葉の、文章の美しさ・・・に酔ってしまう所がいっぱいです。文章を読んで“恋をしてしまう”ほど、重厚な雰囲気があります。
 読み始めて少し経ったときは、親しい女性との交わりの描写にたじろぎ片目をつぶりながら読むようでしたが、そのことを差し引きしても、はるかに充実した気持ちになります。主人公や戦場にいる人々の、心情や描写を読む時です。
 1度読んだものを何度も繰返し読み返せる本は本当に少ないのですが、この本は読むたびに新しい発見があります。
 きょうの発見(印象深い所)。2つ抜き出してみます。(重要度の高いものからというわけではありませんので、さらりと聞き流してください。)


 主人公の通訳もしてくれていた、チャンという青年が、徴兵されて戦場へと向う前に、兵舎に訪ねお守りを渡す場面です。
☆(主人公が、自分の下宿から『天官賜福』の紅唐紙を彼に渡します。・・・調べてみると『天官』と言う神様は福を授ける神様として人気があるそうです。)

>>ぼくは、と彼はいいだした。誤解していた。ぼくはあんた方を誤解していた。あんた方は面白がっているんだと思っていた。外国の新聞記者はみなそうだ。同情するふりをしながらみんなスリルを味わいたくて来るんだ。あんたは薬をくれた。おかげでぼくは熱がひいた。あんたとはいろいろ話しあった。けれどぼくはあんたがいやなものを見たくないばかりにぼくに薬をくれるんだと思っていた。誰も本気で同情してくれたものなんかありゃしない。そんなことをしたら1日もわが国にいられやしない。あなたがたは、ぼくに・・・・・(P.203)<<
 ここを読むと、どうしても目頭が熱くなります。


 もうひとつ、主人公が戦場に向おうとして、親しい女性のもとを去ろうとしている場面にて、
>>やはり今度もトーガには何もいわないで出かけようと考えた。私の語学力ではほとんど説明できそうにない。・・・・(中略)・・・愛は所有だと人はいう。しかし、それすら人は他者のうちの自分で変えられ、影響を及ぼせられる部分を所有するだけだ。自身の影を人は所有する。所有したと錯覚する。トーガといっしょにすごした時間は獣のように純潔で、深く、精妙であり、習慣の腐臭がなかった。・・・・・・(中略)・・・・・私は渚で貝殻を拾って去る巡礼だった。(P.250〜251)<<

ここの箇所、理解できるような気もしますし、といって、さっぱりしすぎているような、寂しい気持ちもします。理屈によって、納得させようとしている気がするのです。女性が作家だったとしたら、ここの所、どういうふうに書かれるのだろう。と、興味があります。


 少しだけ書くつもりが長くなってしまいました。読み砕けていないのですが、このあたりでおくことにします。