『花終る闇』を読む(2)

ひさしぶりに開高健さんの、『花終る闇』を出してきて、ページをめくっています。出してくるたびに本の最初から読むことが多くて、それこそ受験生が単語を覚えるのにA,B,C・・・と順番にたどって最後まで行き着かない様子を連想してしまいます。
さて、今日は何の気付きを残そうかと思いますが、たまたま開いた所にこんな文章がありました。


>>・(略)・・人の後姿には蔽いようのないものがにじみやすい。ことに、うなじと、肩のさきである。そのあたりにこころがどこよりもくっきりと読みとれる。・・・・(略)・・・
「いずれまた、そのうちに。ね」
 丁重に呟いて、ちょっとためらうそぶりを見せた。白瞥のうなじと、鋭い肩さきのあたりに合意が熟してにじみだしていた。言葉とはうらはらなものがその箇処に顔をだしてこちらを直視していた。ふいに爽快な湯のようなものが、暗い、荒んだ体内の底深くから噴きあがって胸や腕にさざ波をたてつつひろがっていくのが感じられた。同時に、さまざまなにがい記憶もたちのぼってきた。一瞬のうちに一つの短い物語が完成するのが感じられた。けれど、発端にたどりついたばかりなのに古傷だらけの分別が終りを見させてしまった。うつろななかで激情と疲労がもつれあって揺れ、私はのどがつまるのを感じながら手帖の頁に電話番号を書きつけると、それを破りとって娘にわたした。・・・(P.37〜38)